【刀】肥前国住藤原忠広(初代)”商談中”

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江戸時代初期の日本刀文化を代表する名工と云える、新刀最上作である初代忠広の最晩年の作品である。初代忠吉は様々な銘文があり、慶長頃の初期作である”秀岸銘”や元和頃の”住人銘”、そして元和十年(寛永元年)に再び上洛した際に、武蔵大掾に任ぜられ、名を忠広と改めており、同時に藤原姓も賜った。

慶長元年、二十五歳の時、鍋島勝茂の命により埋忠明寿の許に入門し、慶長三年佐賀へ帰り、二十九歳になった慶長五年八月より作刀がみられ、寛永九年八月紀を最後として八月十五日に没するまで三十二年間、数多くの作品を残し、また多くの門人を輩出し、肥前刀という江戸期の日本刀文化に新しい分野を確立した開拓者である。

この作品は豪壮な中切先は焼返し深く、寛永頃の志津写しの相州伝を狙った作品は華やかであり、後の肥前刀の代名詞である米糠肌と呼ばれる地沸を美しく敷き詰めた独特な地金は潤いすら感じられ、時期的に最後の作品の一振りであろうか、銘文も太鏨で力強く、巨匠の最後を飾る作品として品格を感じられる。 付属の拵えも非常に豪華な造りである。

長さ:二尺三寸六分(71,4cm)元幅3,2cm 先幅2,2cm 重ね0,8cm

附:特別保存刀剣鑑定書 変塗鞘打刀拵付き

価格:320万円