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【鍔】無銘(尾張)”境内夜景透”

0744

久し振りに良い尾張鍔と御縁賜ったので、御紹介させて頂きます。肉厚しっかりとしており、透かしの線が直線では無く、曲線帯びており、櫃穴としてのデザインの釣鐘は金山鍔のそれを連想するうような丸みを帯びており、鏨で表から、裏から […]

【鍔】弘壽(花押)”風景図”

0743

正に水墨画を観るような水戸の作品らしい上品で洗練された一品である。時は幕末、水戸徳川家の御膝元にて発展した水戸金工派は時代の気風を取り入れ、また水戸学と云われる朱子学や国学等様々な分野を取り入れた学問で尊王攘夷思想の基盤 […]

【鍔】無銘(正阿弥)”松樹透図”

0738

ここ京都へ来ると、ふと散歩中に見上げた松の立派さに立ち止まる機会が多くあり、また移り行く季節の変化に対応した木々の変化等、観光客が多いのも頷ける。 この鍔を見た時も、何て立派な松だろうと感嘆したものである。 少し盛り上が […]

【鍔】無銘(古赤坂)”桐透図”

0713

古雅な雰囲気で典型的であり、耳の鉄骨も良く現れており、古赤坂でも名鍔と云えるであろう。この様な作品を手本とし、後の江戸時代初期の肥後金工大家達が独自の桐図を表現した多くの名品は大名道具として日本の刀剣、刀装具文化を発展さ […]

【鍔】無銘(会津正阿弥)”竹虎図”

0697

極上の赤銅魚子地に凛とした竹の元で毛づくろいをする虎の姿に荒れ狂う風を強弱の片切彫で表現し、静と動を表し、まるで動乱の時代を悠々と生き抜く剛虎の様であり、武士道精神を腰元の命や御家を守る道具に表現した刀装具文化は現代では […]

【鍔】和田一真門 安達幽斎真早(花押)

0694

安達幽斎は備前国河辺村で守谷宮五郎の子として生まれ、十七歳で京都に出て和田一真の門人となる。三十二歳から師の雅号の幽斎を継承して、天保年間に真速と改名した。真早とも銘を切る。 明治維新後は鷹ヶ峰に児童画教習所を作り、友禅 […]

【鍔】無銘(正阿弥)”市女笠透”

0684

中々に堂々とした大作で、この鍔を装着する刀剣は如何にも豪壮な一振りであったであろう、正阿弥と極まった状態の良い美しい鍔である。 網代で編まれた傘はとても立体的で、紐の表現もとても丁寧な仕事であり、見れば見る程、出来の良い […]

【鍔】信古堂 ”月下群烏図”

0671

初代の鷲田光時は出羽国庄内に住し、江戸へ出て柳川直光に師事し、光時の工銘を許され、帰郷後に藩工となり酒井家から三人扶持を支給される。先祖は越後国福井の人で松平家の武士であった。 庄内藩好みの小さ刀拵え用の四分一磨地に御多 […]