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【鍔】無銘(京透)”数珠繋紋透”

0725

大振りで重ね厚く、鉄味の良い京透かしの名品である。 透かしの線の細さや曲線の繊細さが京透の独特な美意識であり、また見てとれる透かしの線は直線的に透かしたのでは無く、鏨で彫り込んだであろう技法は明らかに時代が上がる作業であ […]

【鍔】蓬莱 ”鶴亀透”

0724

赤坂に習った様な重ね厚く鉄味潤いがあり、大胆な透かしの構図に繊細な毛彫りで図案を表現し、また時代の上がる作品に学んだような特徴的な切羽台を造り込み、味わい深い作品の作者は歴史資料が余り残っておらず、鉄鍔愛好家の中では珍品 […]

【鍔】無銘(古赤坂)”桐透図”

0713

古雅な雰囲気で典型的であり、耳の鉄骨も良く現れており、古赤坂でも名鍔と云えるであろう。この様な作品を手本とし、後の江戸時代初期の肥後金工大家達が独自の桐図を表現した多くの名品は大名道具として日本の刀剣、刀装具文化を発展さ […]

【鍔】無銘(会津正阿弥)”竹虎図”

0697

極上の赤銅魚子地に凛とした竹の元で毛づくろいをする虎の姿に荒れ狂う風を強弱の片切彫で表現し、静と動を表し、まるで動乱の時代を悠々と生き抜く剛虎の様であり、武士道精神を腰元の命や御家を守る道具に表現した刀装具文化は現代では […]

【鍔】唐津住正国 ”杏葉牡丹紋図”

0695

伊藤正国は唐津住や武州住と銘し、特徴的な糸透しが素晴らしく、その透かしを良く見てみると数カ所のみ完全に透かさず、抜け落ちないように工夫しており、どのような鏨や道具を使用してこの糸透技法を確立したのか、興味深い技術である。 […]

【鍔】和田一真門 安達幽斎真早(花押)

0694

安達幽斎は備前国河辺村で守谷宮五郎の子として生まれ、十七歳で京都に出て和田一真の門人となる。三十二歳から師の雅号の幽斎を継承して、天保年間に真速と改名した。真早とも銘を切る。 明治維新後は鷹ヶ峰に児童画教習所を作り、友禅 […]

【鍔】無銘(正阿弥)”市女笠透”

0684

中々に堂々とした大作で、この鍔を装着する刀剣は如何にも豪壮な一振りであったであろう、正阿弥と極まった状態の良い美しい鍔である。 網代で編まれた傘はとても立体的で、紐の表現もとても丁寧な仕事であり、見れば見る程、出来の良い […]

【鍔】信古堂 ”月下群烏図”

0671

初代の鷲田光時は出羽国庄内に住し、江戸へ出て柳川直光に師事し、光時の工銘を許され、帰郷後に藩工となり酒井家から三人扶持を支給される。先祖は越後国福井の人で松平家の武士であった。 庄内藩好みの小さ刀拵え用の四分一磨地に御多 […]